上品で洗練された「敬語のコツ」
最適な敬語表現を心がける
美しい日本語を話すことにおいて、
とても重要な位置を占めるのが、
「敬語」の問題です。
外国人が日本語を習う時に、
とても苦労する要素、
であることからもわかるように、
敬語には、
極めて日本的な、
人間関係が反映されています。
例えば、
「あなた」を英語で言えば、you、ですが、
日本には、
あなた以外にも、
お前、君、お宅、貴殿、貴様、お手前、てめえ、
そなた、そち・・
さすがに、
そなた、そち、は、
今では誰も使いませんが、
そのような時代劇や小説にしか登場しない言葉でも、
私たちは、聞けばすぐに理解できるわけですから、
かろうじて生き続けている言葉であると言えるでしょう。
このように、
学校で習うような、
明らかな敬語だけではなく、
相手と自分との関係によって、
自然にいろいろな言葉を使い分けますよね。
特に、
身分に違いがあって当然だった時代では、
現代よりも多様な敬語の使い方、
身分や人間関係を反映させた言い方が、
存在したものと思われます。
鬼平犯科帳の「粋な」敬語
例えば、
テレビドラマの鬼平犯科帳を見ていると、
こんな「粋な」
敬語が話されていました。
火付盗賊改方の長官である長谷川平蔵が、
部下の密偵たちを、
馴染みの軍鶏鍋屋、五鉄に招集すると、
各々、三々五々、
集まってくるわけですが、
やってきた相模の彦十という老密偵が、
五鉄の店主に、
挨拶代わりに、こう尋ねます。
「おいでかい?」
「おいで」
というのは、
彦十と店主の両者から見て、
第三者であり、
「居る」の尊敬語ですから、
その第三者とは、
誰と言うまでもなく、唯一、
長谷川平蔵その人を指すわけですよね。
また、
「かい?」
というのは、
彦十と店主との人間関係において、
対等な親しさを含んだ言い回しであることがわかります。
彦十と店主の間に、
もし身分の差があるならば、
「おいでになられますか?」
「いらっしゃいますでしょうか?」
などになるはずです。
お・い・で・か・い、
という、たった5音節のなかに、
これだけの意味が含まれているわけですから、
敬語など、
人間関係への配慮を言葉に込める、というのは、
とても複雑で繊細なんですよね。
現代は身分差が小さい。だから敬語が難しい。
いっぽう、
現代の日本語に目を転じますと、
私たちの生活は、
身分の差も無くなり、
平等であることが尊重されていますから、
殿様に対して使うような絶対的な敬語は、
時代劇の中だけの存在になってしまいました。
しかし、
年長者や、
勤め先の役職、
習い事、学校などの先生、
初対面の人、
商売相手など、
微妙な人間関係に合わせて、
言葉を変化させ、
敬意を込めています。
もしかしたら、
身分の差が小さいぶんだけ、
時代劇の言葉よりも、
使い方は難しくなっているのかもしれませんね。
そんななかで、
いかに、スマートに、
洗練された敬語表現ができるか、
考えてみましょう。
言葉は、より合理的、法則的な方向に収斂する
尊敬語、謙譲語、丁寧語などは、
現代国語の世界では
かなり流動的な分野のように思われます。
いまどきの若い人は、
です、ます、など普通の丁寧語についても
尊敬語と理解している人が多いようですね。
ここでは、
相手を持ち上げるのを尊敬語
自分が謙る(へりくだる)のを謙譲語
と簡単に理解しておきましょう。
言葉は
時代によって変化するのが当たり前。
特に、尊敬語、謙譲語などは、
人間関係の在り方に伴って変わりやすいものですから、
流動的になるのは、当然だと思います。
しかも言葉は
より合理的、法則的な方向に収斂(しゅうれん)していきます。
つまり
複雑で例外的な約束事などは無くなり、
シンプル化する傾向にあるのです。
例えば、
単語によって違うアクセントなども
言い慣れると平板化するのはそういうことでしょうし、
例えば、
「食べられる」が「食べれる」に変わりつつあるなど
いわゆる「ら」抜き言葉が広まってしまったのは、
「られる」と言う時のほうが、
どちらかというと例外的で、
「れる」一本に集約される過程ではないかと、
考えられます。
典型的な敬語の作り方、4パターン
では、
具体的に考えてみましょう。
「誰々が、○○する。」
という簡単な構文において、
○○する、という動詞の部分に、
尊敬の意を込めたい場合、
大きく分けて、
パターンが4つも存在し、
しかも、
それらを同時に併用することができてしまいます。
その4パターンとは、
・お○○になる
・○○いらっしゃる
・れる、られる
・上述の「居る→おいでになる」のように、違う言葉がある場合
です。
○○=食べる、
とすると、
上記の4パターンは、
・お食べになる、
・食べていらっしゃる、
・食べられる、
・召し上がる、
であり、
これらを可能な限り併用してみると、
「お召し上がりになられていらっしゃる」
となります。
日本語として、
なんとか成立はしていますが、
これはちょっとやり過ぎですね。
日本語の中でも、
特に敬意を表す言葉は、
重ねて使われる傾向が見られます。
例えば、
お味噌汁のことを、おみおつけ、とも言いますが、
この「おみおつけ」とは、
漢字で書くと、
「御御御付け」であり、
言葉を丁寧にする「お」を、
3回も重ねているんですよね。
このように、
丁寧や尊敬の意は、
たくさん込めるのが、サービスである、
というような感覚が、
日本人にはあるように思います。
日本人と日本語の性質上、
丁寧や尊敬の意は、
重ねてしまいがちなのですが、
上述の、
「お召し上がりになられていらっしゃる」のように、
重ね過ぎると、
かえって上品さは失われ、
むしろ慇懃無礼とも受け取られかねませんから、
重ねるなら、
相手との関係に合わせて、
最適な組み合わせで最大2つまで、
そして、
尊敬表現を洗練させるなら、
「居る→おいでになる」
「食べる→召し上がる」のように、違う言葉で言い表すことに、
重点を置くと良いと思います。
そのあたりを、
次回の記事にしていく予定です。