口が重い人が、ペラペラと饒舌になるには
「饒舌と寡黙、どちらが良い悪い、というわけではない」


口が重い人が、
ペラペラと饒舌になるには、
どうすればいいのでしょうか。
自分はどちらかというと
よくしゃべるほうだ、
という方にとっては、
必要のない情報のようにも思えますが、
このテーマは、
そっくりそのまま同時に、
言葉数の多すぎる人が、
気をつけるべきこと、
という、
表裏一体の意味を含んでいますから、
饒舌過ぎるタイプの人は、
自分の話し方の欠点を見つける、
良い機会にしてください。

いかに「効果的に饒舌、寡黙であるか」が重要だ

寡黙であることも、
饒舌であることも、
それぞれの個性ですから、
悪いことではありません。
大事なのは、
「いかに効果的に」
寡黙、あるいは饒舌であるか、
ということではないでしょうか。
個性というのは、
全ての人が持ち合わせ、
その全ての人にとって、
強みでもあれば、弱みでもあるものです。
そして、
その持ち前の個性が、
欠点にならないで長所になるような在り方を追求するのが、
自分を磨くことであり、
話し方も然り、
と思うのです。
例えば、
古代中国を代表する思想家、孔子は、
話すという行為について、
こんな言葉を残しています。
「君子、言(げん)に訥(とつ)にして、
行いに敏(びん)ならんと欲(ほっ)す」
訥というのは、
口数が少ないことです。
君子、
つまり、
目指すべき立派な人、
尊敬される人物とは、
口は上手くなくて良いが、
行動が速い人でありたいものだ。
「剛毅木訥(ごうきぼくとつ)仁に近し」
意志がしっかりしていて動じず、
飾り気がなく口数が少ない人は、
仁、
つまり、
道徳、人の道の理想に近い・・
このような孔子の言葉をそのまま受け取ると、
尊敬される人=無口な人、
のようでもあるのですが、
その一方で、
「子(師)、曰く・・」と、
孔子先生がおっしゃった言葉が、
結果として今もなお、
後世に伝わっているのは、
孔子が話して伝えたから、であり、
やはり大事なのは、
しゃべらないことではなく、
より効果的に伝えること。
おそらく、
孔子が「訥」であることを好んだのは、
おしゃべりが過ぎることによって、
言葉が軽くなる、
話の内容が薄くなることを嫌ったから、
だと想像できます。

饒舌と寡黙を意図的にオンオフする

さて、私は平成元年から、アナウンサーの仕事をしてきましたので、
キャリアばかりはどんどん長くなるのですが、
プライベートでは、
かなり口が重いタイプです。
話さない時は、
一日、ひとことも話さない日もあります。
でも、
話すことが仕事ですから、
饒舌モードになることもできます。
つまり、
寡黙と饒舌、
意図的に
スイッチのオンオフをしていますから、
饒舌になる方法も、
逆に、
言葉数を減らす方法も、
体で覚え、
日常的に使っています。
だからこそ、
口が重い人の気持ちもよくわかるつもりです。
「口が重い」という状態は、
様々な原因によるものです。
それを
「性格だから」と片付けるのは簡単なのですが、
その性格を打破してでも
しゃべらなくてはいけない局面も、
人生では必ず訪れます。
そこで、
どういう性格の、
どういう部分が、
人を黙らせるのか?
それを知ることで、
それに応じた具体策もたてやすくなるものですよね。
では、
無口、寡黙の構造から、
考えていきましょう。

寡黙、口が重い状態を、打破するには?

しゃべらない、
しゃべりたくない気持ちは、
どこから来るのでしょうか。
口を開くのが、
面倒だったり、億劫だったりするのは、
単に、
肉体的にだるい、
相手がいない、だけのこともあるでしょうが、
他の人の話に圧倒された、
他の事で頭が一杯、
自分が話すまでもない、という他人への依存心、
いい言葉を思いつかなかったから、不完全な話をしたくないという完璧主義、
物事への無知、無関心、
人への無知、無関心、
自分の抱える話し方のコンプレックス、
言って失敗するのが嫌だという自己保身、
人間関係への恐怖心、
・・など、
心理的な要素が、
とても複雑に絡み合っているものだと思います。
例えば、
「それは自分が話すまでもないさ、フフッ・・」
と思って話すのを止めたけれど、
本当は、
うまく話せる自信がなかっただけ、かも知れません。
「その話題には、興味ないから・・」
と会話に参加しなかったけど、
本当は、
そのことについて無知で、
下手なことを言って恥をかきたくなかったから、
かも知れません。
話をしない根本的な原因が、どこにあるのか、
どの理由が先にあるのか、
自分自身の言い訳によって、
わかりにくくなっています。
ですから、
口が重いことが少しでも心のつっかえになっているのであれば、
それを打破するためには、
・寡黙なのは欠点ではなく、長所なのだと思うこと
・しかし同時に、口が重い、その時の自分の気持ちを素直に認めること
・話し方のコンプレックスを取り除くための訓練を行うこと
だと思います。
これによって、
複雑に絡み合った心理が解きほぐされ、
それらが引き起こしていた口の重さは、
次第に、
自分自身のスイッチの入れ替えによって、
調節できるようになってきます。
逆に、
饒舌過ぎるタイプの人は、
無口な人が思いがちな、
上記のような心理的要因、負荷を、
もう少し重く感じることが必要になってくるでしょう。

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